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2025/09/30 13:01


「玉の輿 / 原題:Mill Girl and Toff(1992年制作)」という作品は、
ポール・スプーナー の美術哲学を理解するためには、非常に重要
な手がかりになる作品であると思います。

 私はこの作品を長年にわたり注意深く観察してきましたが、ようやく
たどり着いた理解を、 ここで皆さんにお伝えしたいと思います。

重要なのは、この作品の物語自体が「ひとつの装置」として構成されて
いること、 そしてそれが五幕から成る“哲学の舞台装置”として展開され
ているという点です。

第一幕は、若い跡継ぎと工場で働く娘の恋物語です。いわば「甘い罠」
として、シンデレラのような幻想にやさしい共感を呼び起こします。

第二幕では、結婚を墓にたとえることで感情が反転し、皮肉めいた
アイロニーの楽しみがもたらされます。

第三幕では、社会の仕組みの残酷さに向き合うことになります。
そこでは、死後にまで続く階級の差が、棺の素材の違いによって
象徴されています。

第四幕では、棺や墓地といった繰り返し登場するモチーフが、
「福祉国家」と呼ばれるものの空洞化を静かに映し出しています。
その理念はすでに硬直し、実質を失ってしまっているのです。

第五幕において、この作品の真の核心が現れます。それは、意図的に
「未完成」のままにすることで、最終的な解釈を拒むという点にある
のです。

つまり、この作品は完結した主張ではなく、むしろ観る人それぞれの
思索を通じて、さらに深まり続けるものなのです。

まさにこの「未完成性」こそが、ポール・スプーナーが生み出した最大の
知的な仕掛けであり、私自身もようやく、その地点にたどり着きつつある
のだと思います。